添牛内消防組

消防組織の設立につて、幌加内(第1分団)大正14年、政和(第2分団)昭和8年、添牛内(第3分団)昭和6年、朱鞠内(第4分団)昭和9年に、それぞれ発足しています。
幌加内村史、幌加内町史から添牛内消防組を抜粋し、ご紹介いたします。
画像
                  添牛内消防会館


画像

【添牛内消防組】
 添牛内方面には、はじめ火災予防組合が設置されていたが、昭和6年の鉄道開通を見越して、その数年前から人口が著しく増加し、消防組設置の必要を痛感した、都築市次郎その他有志によって準備が進められ、住民の寄付によって機械器具置場、火の見櫓、ガソリンポンプ、腕用ポンプ各1台、その他所要設備の一切を整え、昭和6年9月10日に私設添牛内消防組が設立された。翌7年公設昇格の申請をして、同年6月1日に北海道庁告示第778号をもって認可となった。
 この消防組の初代組頭は都築市次郎、2代目組頭には、鈴木四郎が就任した。また昭和11年には都築市次郎等有志の尽力と住民の寄付および労働奉仕により、50坪の2階建て消防会館が建設され、昭和14年4月1日付で警防団令による幌加内村警防団第3分団として発足した。

      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

2016年12月29日 22:16
懐かしい写真ですね。小学校3年生のとき、生徒数が増え学校が狭くなったので、この2階で授業を受けました。掛算などを習いました。澱粉工場が火事になったときは、半鐘がなりサイレンが鳴り、先生は“火事か?”と叫びました。
isao-41
2017年01月04日 17:55
カムシュペさま
明けましておめでとうございます。
ブラジルの真夏のお正月、想像がつきませんが?おせち料理はあるのでしょうか?
今年も、宜しくお願い致します。
isao-41
2017年01月04日 18:12
添牛内消防会館の二階で映画が上映されるのが、とても楽しみでした。
一階の消防自動車格納庫に、ひっそり忍び込み運転席に乗り、ハンドルを握って遊んだこともありました。
doraneko-28
2017年01月08日 10:10
あの消防会館の望楼は添牛内市街地ではひときわ目立っておりましたね!
いろんな行事や用途に便利に利用されたようでしたね。
 冬は女子青年学学校の教室として利用され、和裁などの授業が行われてれていた時期もありました。
昭和12~13年ころだってでしょうか? たぶん私は二年生か三年生だったかと思いますが 猛烈な吹雪がありまして集団下校となり、私たち三、四人のグループも一人の先生に付き添われて帰りましたが、翌日登校して聞いた話ではこんなことがありました。
 当時の校長斎藤徳次郎先生が、女子青年学校の下校を促すため連絡に出て、消防会館までのわずかな道の途中で方角が判らなくなり、しばらく道の真ん中で膝をついていたということでした。
 札幌も時には猛烈な吹雪に襲われますが、添牛内の吹雪もひどかったですね!!。

この記事へのトラックバック