国勢調査(人口の推移)

昭和10年に実施しされた、国勢調査(第4回)記念品の様です?
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先日、月刊誌「家の光」昭和10年4月号の話材を取り上げましたが、同年に第4回国勢調査が実施され、幌加内村が独自の記念品を全戸に配布したのでしょうか?
なぜか我が家に、記念品(漆塗りの器)があります。

今から80年前の記念品、doraneko-28さんが小学校入学の年、使用頻度は少ないですが、写真を見ての通り、それほど傷みはありません。

昭和10年国勢調査、当時の幌加内村は、戸数1850戸、人口は11239人でした。
その後、昭和35年までの約25年間、戸数・人口ともに横ばい状態が続きましたが、(35年2119戸12016人)昭和40年頃から急速に過疎化が進んでいます。


           幌加内町 戸数と人口の推移
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         添牛内自治区 戸数と人口の推移
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       ※昭和10年のデーターが欲しかったな~

          添牛内小学校 生徒・児童数の推移
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 参考資料:幌加内村史・新幌加内町史・幌加内開基100年記念「百祭」
      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

doraneko-28
2015年03月20日 16:23
isao-41さま。
昭和10年の国勢調査。幌加内村の記念品初めて見ました。我が家ではあの色のお椀は見たことがありませんので、全戸配布ではなく、恐らく国勢調査に携わった調査員に配られたのではないでしょうか?。
お父様のご年配から推して、その可能性は大ですよね。
とにかく珍しいものが残されていたものですねえ!。

昭和10年。児童数から見ても添牛内の一番賑わった時代を彷彿とさせますねえ!。
isao-41
2015年03月20日 20:39
dorameso-28さま

漆器塗りのお椀 かなり高価な器かも知れませんネ?
全戸配布で無いこと判明 大切にします 

昭和10年頃の添牛内は 物凄く活気があった様ですね
芸者さんがいたのは この頃でしょうか?
doraneko-28
2015年03月21日 17:26
isao-41さま。

昭和10年ころの添牛内は本当に栄えていました。

小田さんの裏手の方に料理屋さんがあって、芸者さんというか女給さんというか子供では区別がつきませんでしたが、髪を結って三味線の音を響かせていましたよ。

旅館は阿部旅館、藤田旅館、恩田旅館、越中屋旅館などの看板をを記憶しています。

変遷を感じますねえ!。