添牛内の夜明け

「添牛内の夜明け 御料地の解放と大学演習林の林内植民」 Doraneko-28さんの投稿から、ご紹介します。
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写真提供:添牛内自治区開基百周年記念事業協賛会
      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

kuma-43
2013年10月11日 15:02
この写真は事務棟増築前の建物ですね、小生子供の頃は写真の左側に事務棟が増築されていました。官舎も十数軒建って降りました。事務所の前で子供達が集まり良くソフトボールをしたりテニスコートでテニスをしたり良くあそびました。懐かしく思い出しております。
カムシュペ
2013年10月12日 08:41
doraneko-28さま
貴重な投稿ありがとうございます。昔の演習林の土地は皇室のものだったなんて知りませんでした。そこを演習林が買って小作人に分譲したのですね。樹木を伐採し製材し住居を建設し、土地に作物を植え、冬には薪で暖を取り、廃藩置県で本州から碌を失って移住してきた人々に生活の場を造成したのですね。原生林の中で農業や林業の生活の場を建設するのはやはり林学の知識がなければできなかったのでしょうね。昭和49年から50年ころまではまだ先人の偉業を想い起こす方がおられたのですね。
doraneko-28
2013年10月12日 11:45
カムシュペさま
投稿ご覧いただきありがとうございます。
皇室の土地だったのは御料林のほうで、雨龍川の右岸のほうです。演習林は文部省から大学が譲り受けたもので、左岸側になります。
カムシュペ
2013年10月12日 18:08
doranrko-28さま
申し訳ありません。読み落としました。ご教授ありがとうございます。スキーをはいても胸までぬかる吹雪の中を通学しているときには、自分はどうしてこんなところに生まれたんだろうと親をうらみましたがましたが、
doraneko-28さまの投稿を呼んでから考えがかわりました。そのようなところに飛び込んで采配を振りおおぜいの村民の福祉のために尽くした先人は偉大だったとおもいます。その先人の子孫であることに誇りをかんじます。doraneko-28さま あらためてお礼をもうしあげます。ありがとうございます。

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