深名線「添牛内駅」回想篇②

昭和30年頃の添牛内は豪雪地帯であったのです。
残暑厳しい折、もう1枚涼しげな写真と、涼しげな思い出を!
その頃通学した深名線の列車(SL)は混合列車で、1車両に2個のダルマストーブが付いていた。

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  駅舎の屋根とプラットホームが雪で繋がっている。豪雪の添牛内駅

「通勤列車」(下り)
冬季シバレル時は、車掌さんが頻繁に石炭を入れに来て、その都度ダルマストーブは真っ赤に燃え上がり、その周りだけが異常に熱くなったが、少し離れると寒々とした冷蔵庫状態であった。
1年間、通学をしいて、夏の思い出より冬の思い出が多いのは何故だろう。

授業が終わり部活後、深川発17時50分(SL)添牛内着20時01分、帰の所要時間は2時間11分、往復の所要時間(通学時間)は何と!4時間47分であったのだ~。
深川の高校学区で、一番遠距離は、添牛内ではなかったのか?(お隣の朱鞠内は名寄だったし・・・)
自宅には寝に帰るだけ、勉強は列車の中、通学生はみな、黙々と勉強をしていた。

「自宅近くで臨時降車」
1月末の猛烈な吹雪の日、ジーセル車で帰った時の事です。
幌加内駅を出て間もなく、線路に吹雪で雪が堆積し、ジーゼル車が立ち往生、車掌さんと乗客10数名が一緒になって除雪し、喘ぎながら何とか運行した事がありました。
政和駅を過ぎて乗客は私一人、添牛内駅少し手前で車掌さんが、自宅は何処と尋ねてきた。
自宅近くで降車していいよ!・・・お寺さん近くの踏切で、ジーゼル車が臨時停車する・・・これホントの話です。
あの頃は長閑な時代であったな~。あの時の車掌さん、ありがとう。この話はとっくに時効です。
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        だるまストーブと長靴姿が似合う車掌さん
      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

kuma
2012年08月31日 06:31
子供の頃名寄の親戚に行く時はSLにも後にはレールバスに乗った記憶があります。夏などはSLに乗って朱鞠内湖畔を通った時の素晴らしかった景色を思い出しております50年位前になりますかね-----。
kuma
2012年08月31日 06:52
追伸・冬のレールバスの思い出といいますと朱鞠内まで澱粉飴を買いにリュックサックを背負って乗った事とか冬は幌加内でスキー大会があった時角の鎌田商店前まで来た時朝5時代に発車するレールバスが当時の駅長さんが「もう一寸早くおいでよ」と言って止めて待っていてくれた事を思い出しました。その駅長は後に義理の父親になりました、縁は不思議ですね。50年位前の話になりますかね-----。

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