添牛内のあゆみ 「大正期の添牛内」

=新たな時代に向け、胎動が始まる=
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          ・・・北大演習林雨龍旧庁舎(添牛内)・・・

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          ・・・添牛内市街地・・・

大正元年(明治45年)(1912)
北龍村私立添牛内教育所開校式。(7月1日)(小学校開校記念日)

大正2年(1913)
・杉浦音吉氏ら数軒、店を開き「神谷いも」を試作し広める。
 (馬鈴薯の始まり)
・照元義信氏「浄念寺」を開く。
・添牛内神社、創祈祀。
・5月15日 一己村立北星特別教授所開校式。(元北星小)
・6月 5日 北龍村私立添牛内教育所を設置。
・7月    添牛内校舎落成。
・8月 1日 一己村私立演習林第二教授所と改称。(元北星小)
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大正3年(1914)
・添牛内巡査駐在所の開設。(士別分署の管下に置かれる)
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・3月    北星小学校第1回卒業式挙行(5名 楠原小太郎・三津橋捨造・浦辻政直
        ・駒坂理一・東(上野)ハナエ)
        校長:中井五十若先生 担任:仙丸隆吉先生
・4月 1日 北龍村添牛内教育所が公立となる。
・8月31日 一己村幌加内尋常小学校第2特別教授所となる。(元北星小)    

大正4年(1915)
・3月   添牛内小学校第1回卒業式挙行。(2名 長屋勝次郎・右代ミナ)
       校長:越山忠太郎先生 担任:沢田ハル先生

大正5年(1916)
・添牛内13線に特別教授所を開く。(旧豊富小学校)

大正6年
・4月 1日 上北龍村添牛内尋常小学校と改称。

大正7年
・4月 3日 村役場設置のため、幌加内村添牛内尋常小学校と改称。

大正8年(1919)
・食糧事務所添牛内派出所が開設される。(滝川支所管下)
・添牛内郵便局、開設されたる。
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・7月 3日 幌加内村北星尋常小学校と改称。

大正9年(1920)
・北星に雨竜演習林派出所が完成する。

大正10年(1921)
・大学8号~大曲間の吊り橋架設。
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大正11年(1922)
・3月20日 添牛内尋常小学校焼失する。第9回生お寺で卒業式挙行。
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大正12年(1923)
・秋 新校舎落成(校長宅付2教室)

大正14年(1925)
・都築市次郎氏、開拓補助医として、医業開業(昭和12年まで)






      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

カムシュペ
2012年11月28日 06:31
一番上の写真は雨龍旧庁舎(添牛内)だそうですが、どこにあったのでしょうか?どなたかご存知でしょうか?
akane-koh(管理者)
2012年11月28日 09:43
カムシュペ様
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
この写真は、添牛内自治区開基百周年記念誌「礎」に掲載され、雨竜旧庁舎の添え書きがあり、そのまま引用しました。
マイグロブ2012/326「北大演習林事務所」の写真と撮影の時期は異なりますが同じ建物と思います。
北大雨竜演習林の歴史を見ますと、大正7年添牛内駅対岸約2キロの8号植民地に派出所を新設、同9年事務所が完成。
その当時、北大雨竜演習林事務所を「雨竜庁舎」と言っていたのでしょうか?詳しく調べてみます。
カムシュペ
2012年11月28日 17:25
akane-kohさま 早速のご返事ありがとうございます。二つの写真の共通点は庁舎の入り口近くのオンコの木と白樺の木ですが、庁舎の背景にある山が演習林事務所の写真にはありません。これは松の木が成長したため見えなくなったのでしょうか? 庁舎の背景にある山は観音堂と神社の中間辺り山でしょうか?また演習林事務所の入り口の左側に事務室がありますが、庁舎にはありません。不思議な写真です。
akana-koh
2012年11月28日 19:03
カムシュペ様
庁舎(中ほど)の白樺の木が、事務所では(右手)かなり大きくなっています、事務所玄関前にある松の木も庁舎では見当たらない、庁舎に無かった周りの松の木も大きく成長したとすると、年代の相当離れた写真と推測しますが?
玄関の造りを虫眼鏡で拡大視するに、全く同じように見えます。
詳しくは記念誌編集の担当者に問い合わせ中です。
その回答を楽しみにしていて下さい。
akane-koh
2012年11月30日 08:30
カムシュッペ様
百周年記念誌、編さん担当者から回答を得られました。
北海道大学演習林関係機関から資料提供を受けています。
そに資料の写真と写真の説明書きを、そのまま引用したとのことです。
一番上の写真は、北大演習林事務所と同じ建物であります。
父親が同事務所に勤務し、中学生まで社宅暮らしをしていた、KUMAさんも、この写真は北大演習林事務所と言っています。
玄関左側に当初無かった、事務棟が増設された様です。
雨竜庁舎の表現は、北大雨竜演習林の本部?北大農学部から見た、雨竜(添牛内)の庁舎(事務所)を意味すると考えますが如何なものでしょうか?
カムシュペ
2012年11月30日 10:03
akane-kohさま
ご親切な回答ありがとうございます。演習林事務所は大正7年に設置されたとのこと、1918年ですからもうそろそろ100年になりますね。その当時としては立派な建物だったのでしょうね。しかしそんなところへ本部から転勤を命じられた方の気持ちはどうだったのでしょう?喜んだのでしょうか?庁舎に栄転させるから喜んで行ってくれと言われたのでしょうか?
ふわふわ
2013年09月24日 20:09
上から2番目の写真
中央の建物は後の杉浦商店ですか?
杉浦商店の建物がかつては郵便局だったとの事で
20年以上も昔、小学校向かいの杉浦商店に
立ち寄った時に妻の杉浦貞子さんが建物を指差して
「このへんに郵便局時代の名残がある」
こんな事を教えてくれました
ちなみに店主の杉浦茂さんはゴロ寝して
夏の高校野球を観戦していましたよ
isao-doh
2013年09月24日 22:05
ふわふわさんへ
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
文献によりますと、添牛内郵便局は、大正8年6月21日字添牛内市街地本通り4丁目7番地にて郵便業務を開始し、初代局長は、杉浦音吉様です。(茂様の父親)
その後の杉浦商店=添牛内共同販売所に間違いないと思います。
ふわふわさん、添牛内校卒業生ですよね?
又のご来訪をお待ちしています。

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