歳桃訓導殉職碑

添牛内の新市街から旧市街に曲がる雨竜川河畔に建てられている「歳桃訓導殉職碑」の由来について。

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 昭和13年8月26日、6年生の体育の時間に水泳の指導をする為、歳桃訓導が生徒を雨竜川に引率していたが、教え子の大崎栄子が溺れ、歳桃訓導はこれを救おうとして不幸にも二人共命を失ってしまった。

 歳桃訓導の葬儀は空知教育葬をもって、しめやかに執り行われたが、この悲しくもうるわしき美談が空知教育会を通じて全国に知らせれことで同情が集まり、その浄財によって殉職碑を建てることになり、4年後の昭和16年8月26日この悲願が実を結んで、新市街から旧市街に曲がる雨竜川河畔の殉職ゆかりの地に「歳桃訓導殉職彰德記念碑」が建てられて除幕式が行われた。

 ここを訪れる人々は、この碑の由来を知ると知らぬにかかわらず、大小二つの自然石の碑がそぞろに「石童丸とかるかや道心の親子地蔵」の事故を思い出されて、しばし歩みを止めて美しくも尊い師弟愛に対し冥福を祈っている。

幌加内町史(昭和46年9月発売)より 

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