わたしたちの郷土「添牛内」その3

【この本を読まれる皆さんへ】

 むかし、蝦夷地と言われた日本の一番北にある北海道を、私達のおじいさんや、あばあさんが、苦労して開き始め、お父さんや、お母さんたちが、後を受けて住みよい郷土づくりに、苦労したのです。この私達の郷土「添牛内」を益々立派にして行きたいものです。そのためには郷土添牛内や、幌加内町や北海道のことを知って、広く日本や、世界を知ることが大切です。

 この本は、小学3年生の皆さんの、社会科の勉強に役立つように作ったものです。これを基にして皆でもっと深く調べ、添牛内や幌加内町を一層住みよい郷土にする立派な人になりましょう。


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わたしたちの郷土「添牛内」その3


4)農業と食糧事務所を訪ねて
雨竜川のほとりに二階建ての添牛内農協があります。今日は組合長さんを訪ねてお話を聞きました。

農協のおいたち

・添牛内農協はいつころ出来たのですか。
 それは1948年(昭和23年)4月です。そう、今から15年前です。

・では、それまではなかったのですか。
 いや、その前もあったのです。そのころ農協とは言わないで「産業組合」といって村内に添牛内産業組合幌加内産業組合があったのです。それが戦争が始まったために政府は食べ物を多く作り、戦争に勝ち抜くためにすべての団体を一つにすることに決めてしまったのです。それで二つの組合が一緒になって1943年(昭和18年)に幌加内農業会ができたのです。

・それからどうなったのですか。
1945年(昭和20年)に戦争が終わりました。
1948年(昭和23年)に農家の人びとが「われわらの生活を高めるために、自分たちの手で」農業協同組合ができたのです。

・幌加内町に二つの農業協同組合があると聞きましたが、なぜ二つもあるのですか。
 少し難しい質問ですね。みなさんは幌加内に行ったことがありますね。ジーゼルの窓から外を見ると何か気が付きませんか。

・畑が多いことです。
 そう、畑が多いですね。

・幌加内の近くに行くと田んぼがたくさんあります。
 そうですね。これを地図の上で見ると、政和温泉から北の方は畑が多く、南の方は田んぼが多いでしょう。ですから、畑と田んぼに分かれて農協が出来たと考えていいでしょう。


農協の仕事

・では添牛内農協の区域はどこからどこまでですか。
 南は政和から北母子里までです。

・すごく広いですね。みんな添牛内の農協までくるのですか。
 いや、違うのです。大変広いので添牛内を本部として政和、朱鞠内、母子里に支所があり、そこでもいろいろな仕事をしているのです。

・農協ではどんな仕事をしているのですか。
 大きく分けると、次のようになります。
 1)資金を貸す仕事
 2)貯金をあつかう仕事
 3)農産物やそのほかの産物を売り出す仕事
 4)農業や生活に必要な品物を組合員に売る仕事

・まだあるのですか。
 農業の生産をあげたり、生活を豊かにするために次の仕事をしているのです。
 1)家畜の病院を建てたり
 2)技術の改良や研究
 3)土地改良の仕事
 4)精米や製粉などの仕事

・いろいろたくさんの仕事をしているのですね。友達がいっていましたが「農協の店せ買い物すると安い」といっていますが、どうして安いのですか。
 農協の店「こうばい」は、町の店より安いのです。それは組合に入っている農家の人のために少しでも安く利用できようにしているからです。

・土地改良とはどんなことですか。
 いい質問ですネ。農業の生産をあげるためには第一に土地をよくすることが大切です。そのため1950年(昭和25年)にトラクターを買い入れて、深土耕(しんどこう)といって土地を深く耕して土地をよくする仕事をしています。
また、ブルドーザーも買い入れて、まだ耕されていない土地を耕したり、造田といって畑を水田にする仕事もしています。
これには沢山のお金をかけているのです。

・澱粉工場がありますね。どうしてできたのですか。
 農協では2500万円というお金をだして「澱粉集合乾燥工場」を建てたのです。それは今まであちらこちら沢山あった澱粉工場で、それぞれ乾燥していたのですが、その乾燥するとき使う燃料のマキもなくなってきました。また、一つ一つの工場で乾燥させると品質も違うのです。その上、一定の良い製品を作らないと売れなくなってきたのです。それで機械化された工場で同じ品の良い澱粉を作らなければならないようになってきたわけです。北星と母子里をのぞいた各工場から生の澱粉が運ばれて、ここで乾燥しているのです。

・秋、トラックで運んでいるのですね。
 そうです。トラックで各工場から生で澱粉を運んでいるのです。ここでできる澱粉は7万袋もあるのです。

・すごい澱粉ですネ。今日はいろいろお話をして下さいましてありがとうございました。

 農協の帰りに、卵の集荷場、牛乳の集荷場、精米工場、農業倉庫など見せていただきました。
 精米工場には沢山の機械が並んでいます。倉庫には、俵やカマスなどが沢山積んであります。別の倉庫には、春に使う肥料が山のように積んでありました。


 食糧事務所の仕事

・今日は食料事務所の首長さんを訪ねて、食糧事所の仕事についていろいろお話を聞きました。

 署長さんのお話
 農家の人たちがつくった作物を農協に出す時には、かならず検査を受けて等級をつけてもらいます。
 等級の付いた農作物は、どこでも取引が簡単にできるからです。ですから日本では、国のきまりで検査を受けなければなりません。
 農産物の中でもお米は検査すると同時に国で買い上げて倉庫に入れておき必要なときに米屋さんに払い下げます。

 食糧事務所は、農産物の検査と、お米の買い入れから払い下げまでの仕事をしています。むかしは、食検(しょくけん)といった検査所も1947年(昭和22年)から「農林省北海道食糧事務所滝川支所添牛内出張所」という永井名前になり、政和から北母子里までの地域で出される農産物を3人の検査官で検査をしています。ここで検査する主な農産物は、でんぷん、米、小豆、食用ばれいしょ、えん麦、あまくきなどです。でんぷんの検査は1等から5等規格外までですが、米、小豆は1等から5等規格外まであり、実入りが良く、色つやがあり、乾燥が良くて、長くほぞんでいるのが良い等級となります。等級の決まった農作物は一つ一つ等級印が押され「証明書」がつけられます。

 添牛内合理化澱粉集合乾燥工場で作られる澱粉は、ほとんど1級です
 澱粉は水あめ、お菓子、ぶどう糖、ソーセージ、かまぼこ、オブラートそれにジュース、ビールなどに使われています。
 この頃では添牛内地区にも水田が多くなり、1963年(昭和38年)には初めて朱鞠内から立派なお米がとれ、4等米として町の食べる人に送られました。 
   

 添牛内の主な農産物の、検査数と作付面積(昭和38年度)
   農作物名 検査数   単位 作付面積(㌶)
 でんぷん
 100,000
 25㎏  720
 食用ばれいしょ      3,500 20㎏  でんぷんに含む
 米      2,500 60㎏ 130
 えん麦      2,000 60㎏ 200
 小 豆      3,500 60㎏ 120
 そば その他      1,000 40㎏  30
 あ ま      5,000 25㎏  40



わたしたちの郷土「添牛内」その1

わたしたちの郷土「添牛内」その2


編集者 添牛内小学校
高橋長平 前田吉春 〇高橋鉄治 〇佐藤 忞 藤岡道子 大西美保子 
原田 博 石井静雄

資料提供:幌加内町教育委員会


      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

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