わたしたちの郷土「添牛内」 その1

わたしたちの郷土「添牛内」は、昭和37年、添牛内小学校3年生の教材として作られたものです。
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【この本を読まれる皆さんへ】
 むかし、蝦夷地と言われた日本の一番北にある北海道を、私達のおじいさんや、あばあさんが、苦労して開き始め、お父さんや、お母さんたちが、後を受けて住みよい郷土づくりに、苦労したのです。この私達の郷土「添牛内」を益々立派にして行きたいものです。そのためには郷土添牛内や、幌加内町や北海道のことを知って、広く日本や、世界を知ることが大切です。
 この本は、小学3年生の皆さんの、社会科の勉強に役立つように作ったものです。これを基にして皆でもっと深く調べ、添牛内や幌加内町を一層住みよい郷土にする立派な人になりましょう。


わたしたちの故郷

 【地名のおこり】

幌加内    川の水が、逆に流れるという意味。

添牛内    「ソウンナイ」からきたもので
         「ソウン」とは「滝のあるところ」という意味。
朱鞠内    「きつね川」の意味。
         むかし、きつねがいたのでなづけられた。
ソーウンナイ 「ソ」は「滝」。「ウン」は「がある」で
         「滝のあるところ」という意味。
ポンコタン   「ポン」は「小さな」。「コタン」は「村」で
         「小さな部落」という意味。
          むかし、アイヌの人が住んでいたと言われる。


【わたしたちの郷土】

むかし この添牛内に わたしたちの おじいさん おばあさん
そして おとうさん おかあさん

雨や風 雪にも 冷害にくじけず 苦労して 荒れ地を開き・・・

それから五十年 私たちは おじいさん おばあさん
そして おとうさん おかあさん

歩いてきた道を知り 今の町の姿を知り みんなで力をあわせ  りっぱな郷土をつくろう



【添牛内のようす】

神社山から

 わたしたちは、学校のうらから神社山にのぼりました。北星の家々が、道路にそってならんでいます。この道路のさきに、峠があります。峠をこえて、温根別や士別に行くのだそうです。

 近くに見える大きなたてものは、北星でんぷん工場です。お寺も見えます。やねにペンキのぬった、きれいな二かいだてのたてものは、北星会館です。このあたりが、一番家があつまっているところです。高だいのほうに、林が見えます。先生にきくと、「あそこが大学演習林事務所があるのだよ。」と、おしえてくださいました。

 わたしたちの立っている、すぐ下に、鉄道線ろがあります。これは、深川と名寄をむすぶ、深名線というのだそうです。きれいな色をしたジーゼルカーが、朱鞠内の方に走っていきました。線路のむこうに大きな川が流れています。「朱鞠内ダムから流れてきているのだよ。」と、先生がお話してくださいました。この川は、石狩川に流れていて、日本海につうじていると、いうことです。

 ここからは、大曲のいえが、二、三けんしかみえません。先生は、「あの山のかげに、大曲の家があるのだよ。」と、かんのんさんのある山をゆびさして教えてくださいました。大曲にもでんぷん工場、大曲会かんがあるのだそうです。

 学校を見ると、木のあいだから、わたしたちの教室が見えます。学校の近くに、家がたくさんかたまっています。お店や、火の見やぐらも見えます。あれは、公営住宅というのだそうです。先生は「学校のたっているところが、旧市街で、駅の方が新市街だよ。どうしてできたか教室で勉強しょう。」と、いわれました。

 駅の方をながめると、たくさんの家がかたまっています。大きなたてものの農協だけは、はっきり見えます。新市街には、駅、しんりょうしょ、郵便局、食糧事務所、工場などがあるのですが見えません。
先生は、「このつぎの時間は、みんなで、新市街を見にいこう。」と、いいました。

 わたしたちの住んでいる添牛内には、畑も、水田も、家もたくさんあります。山には、木がたくさんはえています。
 わたしたちは、教室にかえって、見てきたようすを絵地図にかきことにしました。
 


【町の人たちの仕事】

町の人口

 わたしたちの町に、今でも1万人くらいの人が住んでいますが、今から五十年前(1918年)には、4670人で戸数も800戸でした。
 人口も年々ふえ、1935年(昭和10年)には1万人をこえ、1850戸にふえました。
 1941年(昭和16年)に深名線が開通し、1942年(昭和17年)には一番多くなり、13,3530人で戸数も1,890戸でした。
 しかしこのように一時13,3500人をこえた人口もその後少しずつ少なくなってきました。
 1955年(昭和30年)ころから人口のへりかたがはげしく、今では17,000人と少なくなっています。
 幌加内町で一番多く人の集まっているところは幌加内、次が、朱鞠内、次が、わたしたちの住んでいる添牛内のじゅんになります。


町の人たちの仕事

 幌加内町のおもな産業は農業です。農家をしている家は、かく900戸で人口は町全体の1/2で5,200人です。
 その次に多いのはつとめ人(役場、農協、郵便局、鉄道、学校、工場につとめている人)、そのつぎは店屋さんです。
 町で一番多いこの農業の生産高は、64,000万円の農産物です。農産物の中で多いのは米で38,100万円、次が馬鈴薯(でんぷん)で13,00万円、小豆3,000万円、えんばく2,800万円の順になっています。
 農産物の次は9,500万円の畜産物です。畜産物の中で多いのは、たまご(ようけい)の3,300万円、牛乳の2,850万円、ぶた(ようとん)の2,600万円の順になります。
 町に多い山から産する林業物もわたしたちのわすれていけない大切な産業です。
 1年間に切り出される木材は39,000万円もあるのです。これで幌加内にとって農業と林業は大切な産業であることがわかります。


=まだまだ続きます=

 
編集者:添牛内小学校
高橋長平 前田吉春 〇高橋鉄治 〇佐藤 忞 藤岡道子 大西美保子 
原田 博 石井静雄

資料提供:幌加内町教育委員会
      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

2018年01月25日 22:29
ニュースによると、幌加内では2メートルの積雪だそうですが、添牛内はそれより降ったでしょうね。除雪が大変でしょうけどがんばってください。
カムシュペ
2018年02月24日 22:04
幌加内で3メートル13センチの積雪だそうですが、添牛内ではそれ以上降ってるでしょう。大変だ!
2018年03月27日 07:16
3月なのに朱鞠内では2.6mの積雪だそうです。たいへんですね。添牛内はどうなったんでしょうか?

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