甦れ!添牛内駅 雪!

豪雪地帯を走っていた深名線、「旧添牛内駅」冬期のスケッチ画を見つけました。
画像

     提供:幌加内町教育委員会  昭和54年(1979年)1月14日写生


高校生活3年間 朱鞠内始発の混合列車で 添牛内駅から2時間半かけて深川まで通学しました 厳しいシバレの冬期間は辛かったが 思い出は多い 

帰路の列車は 雪害で鷹泊から沼牛に向かう峠を越せず 喘ぐようにバックして鷹泊の戻る その夜は鷹泊の学友宅にお世話になり 翌日鷹泊か学校に向かったこと度々 優しくして頂いた富岡君のお母さん ありがとうございました(ご存命かな) 
 
その当時 添牛内の降雪量は半端でなかった 踏み固められた雪の階段を 数段下りて駅舎に入る 待合室の石炭ストーブが 煙突まで真っ赤染めて お客様を迎えてくれる 室内に残る スルメを焼いた匂い 今では懐かしい思い出なり isao-41


 


 

 

      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

mie
2017年11月02日 18:04
スケッチも 絵になりますね~
白と黒 添牛内らしい 冬の景色ですね
活気あった あの頃 駅付近も賑やかでした
doraneko-28
2017年11月03日 19:38
添牛内駅の絵 素敵ですね!!
吹雪の数日後でしょうか、屋根から下がった雪、窓枠の雪など全く添牛内の冬の風景そのものです。懐かしいです。
 私は小学校へは鉄道線路を歩いて通学し、駅付近で道路に出ました。6号からは氷橋を渡って線路まで歩き、約2km程は列車やラッセル車を気にしながら線路を歩きました。
 通学の道筋に人口が少ないため雪道が固まらず、通行できなくなったのです。
 短い冬の日下校途中の添牛内駅、列車やラッセル車の運行を問い合わせるため立ち寄り、すでに点灯していた電灯のフィラメントのオレンジ色が今も目に浮かびます。
isao-41
2017年11月04日 02:39
 私が生まれたのは、新市街の農協向かいでしたが、小学校入学後間もなく大曲24線に引っ越し、農家として6年間過ごしました。
 その間の小学生時代、約4㌔の道程を通学しましたので、冬季はdoraneko-28先輩と同じように、大曲から学校裏まで鉄道線路が通学路となり、ラッセル車が近づくのに気が付かず、慌てて線路脇の雪壁をよじ登り、危険な思いをした事もありました。
 今考えると、線路を通学路として使用している状況をある程想定し、ラッセル車を運行していたのではないかと思われます。
 ラッセル車の運転手さん、余計な気を遣い大変だったことでしょう。その節は、ご迷惑をお掛けしました。
 

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