甦れ!添牛内駅 その3

6月27日(火)JR東日本・JR北海道企画「大人の休日倶楽部5日間フリーパス」を使用して、我がふる里添牛内に帰りました。

5月末、志々見様(名寄)と横山様(音威子府)が、荒れ放題となっていた駅舎まわりの草木刈り取りや「駅名板」を掛けて頂いた添牛内駅舎を、しかとこの目に収めて参りました。
画像

当年御年85歳とご高齢の駅舎は、風雪にやっと耐え屋根や庇が傾き、息絶え絶えの状態にあります。

横山様曰

添牛内駅は、特に国道275号からすぐ見える位置にあり、「幌加内町に鉄道があり、人々の営みがある」歴史を物語る建造物かと思います。
 
残念ながら山前さんは転居されていて、直接お会いしたことはありませんが、イタドリや木々がうっそうとしてきた、かつての「地域の玄関口」を、まずはできる事から(草刈り)やろう、ということで、名寄市志々見さんとアクションを起こしました。
 
添牛内に限らず、幌加内は有数の豪雪地帯ですので、「建物を維持する」のも容易ではないと思います。しかしながら、これまで山前さんや地区の方の維持管理で倒壊をまぬがれてきた駅舎を、「全面改修」までは費用面で現実的ではないですが、素人作業でもできる部分は、山前さんの了解が取れれば(直接連絡が取れないので、この点が一番のネックになっています)、少しずつできる事からやれればと思います。

建物の修理も欠かせませんが、なにより大切なのは『記憶』『記録』かと思います。添牛内にゆかりのある皆様が、色々な形で行き来があり、それぞれの『駅との記憶』がおありかと思います。添牛内小中学校を卒業された同窓生の皆様や地区やゆかりある方々の「応援の輪」が広がればと思っています。


      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

カムシュペ
2017年07月02日 03:48
isao さま
ご回復おめでとうございます。故郷へ行ってくださりありがとうございます。先年この駅の前で山前さんと話をしたことを思い出しました。終戦の日に山前さんは出征のために駅にいたそうです。でも戦争が終わったことを知らされ家に帰ったそうです。
想い出のいっぱい詰まった駅ですね。
mie
2017年07月02日 15:09
小さな駅舎ではあるけれど この 一棟に
溢れる程の 想い出が詰まっています
出迎え 見送り 帰省 門出 通学
さかのぼって 出征 戦後と。。
さまざまな光景を この駅舎は見てた


存続 願うのみです
isao-41
2017年07月03日 03:54
カムシュペさま
事故の後遺症は残っていますが 故郷に帰ると忘れてしまいました 今回は許可を得て消防の「火の見櫓」に昇ってみました いい気持ちでした!


mieさま
嬉しい限りです 修復の計画 かなり進展していますよ
山前さんが娘さんの所に行かれてから 綺麗に咲いていたコスモスが見られなくなりました 11日駅舎に逢われる節 鍬かスコップ持参で コスモスの種蒔きを お願い出来ませんか? 
mie
2017年07月03日 13:28
喜んで!!
種が 根を張り 季節ごとに
コスモスが咲き乱れ 彩る駅舎。。。
何年先も 咲き続けてくれたら
こんな嬉しいことはないです
私達に出来ることは これくらいだけれど
楽しんで コスモスの種 巻いて来ます!
isao-41
2017年07月04日 08:54
mieさん ありがとう。
コスモスの種を蒔く場所の土は固くなっています
骨の折れる作業かも知れませんが 宜しくお願致します
次回添牛内に帰るのは コスモスが綺麗に咲いてる 来年9月を予定しています
徳田
2017年07月17日 12:20
山前さんの住所は私の父に問い合わせばわかりますよ。
Isaoさんが
去年の添牛内の同窓会で父と住所交換してると思います。

isao-41
2017年07月18日 04:58
徳田-63さま
山前さんご住所の件、ありがとうございます。
山前さんの畑を大曲の関口さまがお借りして蕎麦の作付けをしています。
その関係で、冬期駅舎の屋根雪おろしのお手伝いをしているとお聞きしました。
既に自治区長の小川さまや関口-78さんを通じ、駅舎使用のお話が進んでいる様です。

この記事へのトラックバック