ふる里添牛内 

添牛内小41回卒 黄木正敏さん(旭川市在住)の回想「ふる里添牛内」をご紹介します。
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    写真(中央)黄木正敏さん (右)山口英夫さん (左)加藤政明さん 
    平成26年6月41回生クラス会(札幌)から 

ふる里添牛内
黄木 正敏 (添小41回生)
 私は幌加内からの父の転勤で小学校5年生に添牛内小学校に来ました。
 以来5年間を過ごしましたが、成長期でもあり、日常の生活に沢山の体験を吸収する時期でした。小学校では、岡本先生のもとで、放課後ソロバンの練習で検定を目指してやりました。
 普段の遊びは、パッチで休み時間などで賭けて遊ぶのが悪くて、結構叱られて時としてはストーブに顔を近づけて火炙りの刑と言われて、あぶられたり、廊下に立たされたりがありましたね。しかし、当時としては、決して体罰とは思いませんでしたね。悪いことは、悪いと教えられたのですが、やんちゃな時なので、他人に大きな迷惑をかけないと思っていましたのでしょうネ、
 夏は毎日早雲内川で泳ぎ、雨竜川で、はえ縄で大きな魚を獲り、冬はスキー三昧でしたが、折れたスキーをブリキで修理をして乗りました
 中学校になったら、援農があって、夏休みに友人宅(椎名準一君)に泊まって芋の消毒やクロバーの刈り取りのアルバイトで汗を流しました、(作業後の馬に乗りたくて)とても疲れましたが?お祭りでは、神輿を担いで北星地区や大曲地区までいってシロップと澱粉の焼き菓子を頂いたのが忘れないですね、運動会、盆踊りなど沢山ありすぎます。

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      思い出のお神輿:昭和31年か32年 添牛内神社例祭から


黄木正敏さんご夫妻が制作した、枝木の飾りものに、蓮枝先生の短歌が添えられています
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  **季節を話材にした 枝木の飾り物 この続きは後日ご紹介します**
      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

kuma-43
2015年04月24日 09:59
二級先輩の黄木さんですね、弟さんに同級生がおりましたよ良く遊びに行った事を思い出しております。北星という地名が出ておりましたので懐かしく感じました。