鉄道で旅する(深名線)

「鉄道で旅する」北海道2013.春号から
添牛内のそば処「霧立亭」が紹介されています。
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・・・廃線跡探訪レポート・・・
豪雪地帯のライフラインだった「深名線」

1995年(平成7年)9月4日、全線121.8㎞のローカル線がその役割を終えた。
国鉄時代に赤字ローカル線ワースト10にいつも名を連ねていながら廃線にならなかったのは、沿線が名うての豪雪地帯であり、並行する道路も未整備だったからだ。
沿線住民の生活を維持する命綱として70余年に渡り貢献してきた「深名線」は、函館本線深川駅を起点に深川市、幌加内町を通り、宗谷本線名寄駅に至っていた。
廃線直後、代替バスとしてJR北海道の深名線運行が開始。廃線から18年経つ現在もほぼ同じルートをバスが走っている。
深名線跡をレポートするなら、存在理由にもなった豪雪の時期が最もふさわしいと決意。そのバスに編集部が乗り込んだ。
【鉄道で旅する 2013.春号】より
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「鉄道で旅する」2013.春号 書店で販売中。(980円)
我が故郷「深名線」の現状が手に取るように分かる、私にとって「お宝」的な雑誌です。




      添牛内小学校「教育目標」 ●じょうぶな子 ●よく考える子 ●心の豊かな子 ●よく働く子

この記事へのコメント

カムシュペ
2013年04月05日 23:59
深名線が廃止された後バスで添牛内に行ったことがあります。深川を発った後、線路はどこにあったのですかと聞くとと親切なおじいさんがあすこだよと指を指して教えてくれました。山の端と川を見ながら自分が今どこにいるか判断しました。その先に川が見えてきたのであれが雨龍川ですかと聞くとそうですと答えてくれました。とにかくカーブがきついので恐ろしくて生きた心地がしないでドキドキしっぱなしでた。上手な運転手さんだと思いました。政和温泉を過ぎるとカーブもなくなったので安心しました。高齢者の乗客にどちらまでお越しですかと聞くと添牛内まで行くとのこと、私は驚いて思わず何のためにそんなところへ行くんですかと叫んだ。余程人間のできた方と見えて怒りもせず、俺が行かねえと人がいなくなってしまうと冗談を言ってました。添牛内が近くなると運転手さんに添牛内について知っていることを全部話してくださいとお願いしました。親切な運転手さんは一人ひとりの物語を語ってくれました。懐かしい名前が沢山ありました。昨日も添牛内で生まれたと言う方がバスに乗りレークハウスに泊まったことなどを話してくれました。
isao-doh
2013年04月20日 01:03
1985年本州に渡ってから只一度だけ、JRを利用して深川から朱鞠内まで行き、折り返し添牛内に帰った事がありました。廃線前の記念乗車に?
今度はJRバスで添牛内に帰る計画をしようかな?
カムシュペ
2013年04月23日 11:34
isaoさま
廃線前とはどういうことですか?
isao-doh
2013年04月24日 06:47
カムシュペさん、何時もコメントありがとう。
1995年(平成7年)9月、深名線が廃止になりましたが、その1年前の秋、娘と一緒に北海道を旅し、JR深名線に乗車のことです。
深名線廃止前とするのが正しいのかな?
年寄りの書いているブログです。主語が抜けたり、舌足らずの点や、誤記入が多々あると思いますが、細かい突込みは、ご勘弁を!小笑来観の程宜しく!
カムシュペ
2013年04月24日 11:28
isao
先入観をもって読むとそそっかしい私が解釈を間違ってしまいました。いつもバスの乗客が少なかったり、路線の赤字が数億円などと聞いていたので、いよいよバス路線もも廃止になるので、その前に記念乗車をしようと計画しているのだなあと思いました。
それにしても思い出すのが添牛内のウド旨さだね。香りが強くて、スーパーなんかで売っている黄色いウドなんかと較べられないね。笹薮の中のウドを抜いて思いっきりかぶりつきたいね。いつごろがウドの食べごろだったかもう覚えていない。毎年どこにいつウドが生えるか知っていたけど。
カムシュペ
2013年04月25日 02:06
isao さま
前の投稿で敬称が抜けしつれいしました。私の不徳のなすところで深くおわびもうしあげます。

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