3.11大震災らか2年③

平成25年3月7日(木)3.11東日本大震災で津波被害の大きかった、三陸沿岸部の復興状況を見に行って来ました。
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 一昨年震災後の5月初旬、石巻・女川・南三陸・気仙沼へ被害状況確認を兼ね足を延ばしましたが、今回はその後の復興状況を見たく日帰りで、南三陸・気仙沼・陸前高田・釜石・遠野に足を運びました。(走行距離450km)最初の写真は、有名になった陸前高田市,高田松原「奇跡の一本松」です。
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南三陸町の写真、津波が川に入るのを、せき止める水門?(上)震災直後、(下)今回撮影
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 遠藤未希さんは、南三陸町の危機管理課職員で、津波情報を伝えると同時に町民の避難を最後まで呼びかけていた。「津波が押し寄せてきます。早く逃げてください。 6メートルの波があります」と 最後まで放送を続け、結局、津波にのまれた。25歳の最も美しい年齢で、身を犠牲にした。【震災当時の河北新報より】
写真は、震災直後と現在(観光バスが来ていた)
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南三陸町のコンビニ、津波で流された跡にプレハブの店舗で営業をしている。土台部分はそのまま再利用されていました。(煉瓦色の部分)
このコンビニだけでなく、各所で津波の被害を受けたコンビニが架設で営業しているのが目を引きました。

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大谷海岸駅、この地方では海水浴場として知られた日本一海に近い駅?

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 JAバス、鉄道不通区間はバス運行がなされている。
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震災直後は気仙沼市内各所に大きな船舶が陸に登っていたが、今では数か所になっていた。保存か撤去か?話題となっている。

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この四角な建物、私が現役当時勤務していた関係の建物です。周りの建物は撤去されたが、この建物は如何するつもりか?
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気仙沼港から大島まで運行しているフェーリ、手前の歩道には震災の爪痕が残っていた。
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陸前高田市の「道の駅」跡と(解体中)市営住宅?4階まで津波が来たのが、よく分かる。

この記事へのコメント

kuma添小43生
2013年03月13日 08:25
テレビで観る光景が実際に目で見たんですね、自分もmcの4回なのでこの市営住宅だったらと思うとーーーーーです。
isao-doh
2013年03月13日 12:44
kumaさん、いつもコメントありがとう。
札幌や旭川、そして我が故郷添牛内も地震の少ないところですが、災害はいつ何時どこで起こるか分かりませんので、最低限の備えはして置くべきです。
今回の3.11大震災で、インフラ関係を見ますと、電気が一番先に(震災3日後)復旧し、次が水道(5日後)、最後が1ヶ月後の都市ガスでした。(仙台市内の場合)
最低3日の備蓄があれば、何とかなると言うのが実感です。

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